ベンチャーの投資契約とは?~投資契約の流れや注意点を解説~

  • 株式会社を設立・起業し、ベンチャーとして投資を受けてエグジットを目指したい
  • ベンチャーキャピタルなどと投資契約を締結することになったが、投資契約ってなに?

昨今、ベンチャー企業が投資を受けるために投資家側から投資契約書の締結を求められるケースが多くなっています。その際に、投資契約についてよくわからないという方も多いでしょう。

投資契約は、創業株主と投資家の間で締結される投資条件の前提などを明確にするものです。これにより、創業株主はベンチャーキャピタル(以下VC)とパートナーとしてエグジットに向けて資金調達ができる反面、経営上の制約などがのしかかってきます。

そこで本記事では、以下のポイントを解説します。投資家間との紛争に発展せずエグジットに向けた資金調達を実現するためにもぜひ参考にしてください。

  • 投資契約とはどのようなものか
  • ベンチャーが投資を受ける手段・方法
  • ベンチャー企業が投資を受けるまでの流れ・ステップ
  • ベンチャーが投資を受ける際に押さえておきたいポイント・注意点
  • 投資契約の実例(出資を受けるまでのストーリー)

投資契約とはどのようなものか


投資契約について説明します。

投資契約とは

投資契約とは、株式会社が投資を受ける際に投資家と締結するもので、投資における前提条件などを合意します。

投資契約は、法律で厳格に定められているものではなく、投資を受けるにあたって必須ではありません。

しかし、投資家側からすると、投資先ベンチャーがエグジットに向けて合理的な経営をしているかどうか気になるのは必然です。

投資家にとっての投資契約は、リスクマネジメントの意味合いが強いと考えておけば良いでしょう。そのため、投資する前提条件を投資契約書において締結し、双方が合意するケースが多く見られているのです。

投資契約の内容

投資契約の内容は、会社法などで厳格に定められてはいません。そのため、各投資家が独自に投資契約書を作成し、創業株主に提示しています。

最近では、経済産業省がガイドラインを提示したり、経営支援事業を行う事業者などが投資契約のテンプレートを公開したりしている場合もあります。

投資契約は、おおむね以下の3つで構成されます。

  • 投資契約
  • 株主間契約
  • 財産分配契約


https://www.meti.go.jp/press/2018/04/20180402006/20180402006-1.pdf

投資契約で取り決める事項

投資契約では、おもに以下のような内容を取り決めます。投資の基本的なことに加えて、種類株式に関する取り決めがされます。

①株式の種類(普通株/種類優先株)
②発行株式数
③発行価額
④払込金額の総額
⑤払込期日
⑥払込条件(最低調達額など)
⑦優先配当の配当額や割合
⑧種類株式の累積/非累積型
⑨種類株式の参加/非参加型
⑩住取得請求権(種類株式から普通株式への転換)
⑪取得条項(投資家の意思によらない種類株式から普通株式への転換)
⑫議決権や拒否権の設定
⑬資金使途(合理的なもののみに限定)
⑭表明保証(法令違反や決算申告などが事実であること)
⑮投資家の優先引受権
⑯契約違反時の取り扱い(損害賠償など)
⑰契約終了の定義
その他(必要におうじて)

種類株式に関係する単語については、あまり聞いたことのない単語が並んでいるかもしれません。種類株式は「権利の内容が異なる株式」であり、配当や残余財産の分配の優先/劣後、議決権などを設定できるものです。

また、種類株式においてはIPOやM&A時の普通株式への転換なども問題になります。これらに関して、創業株主と投資家間での利害調整が行われます。

株主間契約で取り決める事項

株主間契約では、投資家と発行会社、創業株主の権利・義務などを取り決めます。

①企業買収の定義
②事前承認/事前通知(会社の決定事項に関して投資家に通知や承認を得る義務)
③情報開示
④取締役指名権およびオブザーベーション・ライト(投資家から取締役会への派遣・モニタリング)
⑤創業株主の専念義務(辞任しないことなど)
⑥エグジット協力義務
⑦先買権および共同売却請求権
⑧新規株主の参加
⑨優先関係(個々の契約より株主間契約の効力を優先させる)

財産分配契約で取り決める事項

エグジットの基本はIPOでしたが、最近ではM&Aの場合もあります。財産分配契約は、そのM&Aにおける内容を取り決めます。

  • 同時売却請求権(ドラッグ・アロング・ライト)
  • みなし清算条項(M&A時に清算したとみなして投資家に分配する)

同時売却請求権は、M&Aに対する株主合意形成機能を持っています。これにより少数株主の反対などがあっても円滑にM&Aを進められますが、注意点もあります。

後述しますが、意図せず強制的に保有株を売却させられ、創業株主が経営を行っている場合などは経営権を失いますので意が必要です。

ベンチャーが投資を受ける手段・方法


以下では、ベンチャー企業が投資を受ける手段を紹介します。いずれに関しても投資契約の締結は任意ですが、VCにいたっては投資契約の締結を求められる場合が多くなっています。

個人投資家(エンジェル投資家)

上場している会社の株を、証券会社を通じて保有するイメージが強い個人投資家ですが、上場していないベンチャー企業に対して投資を行う人もいます。

こういった人をエンジェル投資家と呼んでいます。エンジェル投資家から出資を受ける際は、投資契約を締結しない事例も多々あります。

ベンチャーキャピタル(VC)

VCは、ベンチャー企業に対して投資を行う会社を言います。VCから出資を受ける場合は投資契約を締結することが多いです。

またVCの特徴として、ただ出資をするだけではなく人材紹介や経営支援を行うこともあります。投資先の企業価値が高まるほど、VCが得るキャピタルゲインも大きくなるためです。

コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)

コーポレートベンチャーキャピタルもVCの一種ではありますが、投資を目的としない事業会社が自社の事業にメリットがある投資を行うことが特徴です。

事業会社としても有望ベンチャーに対して早期にコンタクトを得ることができ、事業戦略の助けとなります。さらに、イノベーションを主とするベンチャーに出資することで、自社が独自に研究開発を行うよりもコストを抑えることができます。

ベンチャー企業が投資を受けるまでの流れ・ステップ


ベンチャー企業が投資を受けるまでの流れ・ステップを紹介します。本記事では以下の2通りを紹介しますが、どちらの場合も基本は同じです。

ベンチャーキャピタルから投資を受ける場合
個人投資家・エンジェル投資家から投資を受ける場合

ベンチャーキャピタルから投資を受ける場合

ベンチャーキャピタルから投資を受ける流れ・ステップは次の流れが一般的です。順に解説します。

①NDA(秘密保持契約)の締結
②事業説明・プレゼンの実施
③タームシートの提示・同意
④デューデリジェンス(投資先調査)
⑤投資契約と株主間契約の同意締結
⑥投資実行

NDA(秘密保持契約)の締結

投資契約の締結にあたっては、会社の決算情報など重要な事項を投資家に提示することになります。トラブルを避けるためにも、NDAの締結は必須です。

事業説明・プレゼンの実施

出資を受けたいVCを選定した、もしくはVCから出資のオファーがあった次のステップは、VCに対して事業説明・プレゼンを行うことです。

この段階でVCからの出資可否が決まるといっても過言ではありません。以下のポイントをおさえて実施しましょう。

①ターゲットとする顧客(ニーズがあること)
②市場規模
③ターゲットに対するソリューション
④実績
⑤競合優位性
⑥ビジネスモデル
⑦なぜ今それをやるのか
⑧どのようなチーム編成なのか
⑨財務状況
⑩今後の計画

タームシートの提示・同意

事業説明・プレゼンの後は、VCにて投資可否の判断を行います。そこで投資判断が下った場合はタームシートと呼ばれる投資契約書の概要が提示されます。

創業株主にとってこの段階が重要です。タームシートは投資契約のベースとなるものですので、十分に内容を確認しましょう。

注意すべきポイントについては後述しますので、そちらを参考にしてください。

デューデリジェンス(投資先調査)

デューデリジェンスは「デューデリ」と呼ばれ、投資先となるベンチャー企業を調査することです。

目的としては投資先の価値や問題点を把握するために行われます。具体的には以下のポイントを調査することが多くなっています。

①財務
②事業内容
③人事(チーム)
④法務税務
⑤知的財産
⑥環境問題など

実際には公認会計士や監査法人、税理士、弁護士などに委託されて実施されることもあります。

投資契約の合意・締結

先述した「投資契約の内容」にて投資契約を同意・締結します。再度内容を確認しましょう。必ずしも先述した投資契約の内容に基づくものではなく、各VCが定めた内容が提示されます。

必要におうじて修正を依頼しましょう。

投資実行

投資契約の合意・締結が完了すると、いよいよ投資を受けます。

個人投資家・エンジェル投資家から投資を受ける場合

個人投資家・エンジェル投資家の場合でも、投資家によってはVCと同じステップを踏む場合もありますが、実情としてVCほど投資契約に関してはシビアではないことが多くなっています。

事業説明の後、会社法に定められる最低限の手続きのみで完了する場合もあります。

ベンチャーが投資契約を締結する際に押さえておきたいポイント・注意点

ベンチャー企業が投資契約を締結する際に押さえておきたいポイント・注意点は以下のとおりです。後々困らないよう、確実に確認しましょう。

項目 ポイント 理由
タームシート タームシート同意の前に十分に内容を確認する。 タームシートの同意後は、変更したくても難しい場合がある。
種類株式の優先配当 将来の資金調達を考慮し、優先配当を多くしすぎない。 優先配当の割合が多いと、普通株式を持つ創業株主への分配額が少額となってしまう。

シード期の場合、将来の新規投資家が投資のメリットを感じなくなってしまう可能性がある。

表明保証条項 守れない約束はしない。 特にシード期においては不確実要素が多くなってしまう。

「義務」でなく「努力義務」とする、「重大な」をつける、「○○を除き」をつけるなど工夫する。

買取請求の対象 買取請求の対象が「創業株主」などの場合は注意 会社ではなく創業株主自身が株式を買い取る必要があり、多額の負担となる。
買取請求の条件 「一定期間内にIPOやM&Aの実現ができない場合」とある場合は要注意 創業株主、会社にとって非常に厳しい条件。
契約の終了 上場申請を行った場合などを明記しておくこと。 投資契約は経営の重荷となることが多いため、終了条件を明確にしておきたい。
事前同意条項 同意条項の範囲には要注意。 事前承認、事前通知、事前協議の順で投資家の経営寄与率が高い。十分に必要性を検討すること。
情報開示の方法 可能な限り電磁的方法を認めること。 書面に限定すると事務処理の負担が大きい。
取締役指名権・オブザベーションライト 必要最低限とすること。 取締役は会社法上で権利が定められているため、迅速な経営を行うためには、安易に投資家からの派遣を受け入れるべきではない。
同時売却請求権(ドラッグ・アロング・ライト) 発動要件には注意が必要。 優先株主の議決権をもとにしている場合、投資家側の決定権が大きくなり、創業株主の意図しないM&A(買収)に応じなければいけない可能性もあり。

契約の交渉は「利害の調整」です。創業株主にとってはエグジットを目指すために資金調達をする必要があり、多くの場合に創業株主が経営を行いますが、投資家(VC)にとっても第三者から資金を集めたファンドから資金を運用する立場でもあります。

投資家側からすると会社や創業株主の「アラ探し」によってなんらかの契約違反を見つけることは容易です。しかし、安易に買取請求を行使することはあってはなりません。

実際には、ベンチャーキャピタルという事業も「信用」によって成り立っているため、1件や2件のアラ探しによって買取請求を行使することはめったにないようです。(国内VC経営者談)

以上で紹介した内容は、経済産業省が取りまとめている資料をもとにしています。詳しくは以下のリンクを参考にしてください。

https://www.meti.go.jp/press/2018/04/20180402006/20180402006.html

投資契約の実例

締結した投資契約書の中身や締結までの交渉についてはあまり表沙汰にはされません。

実際には、弁護士や各種士業の先生に内容をチェックしてもらうことはあっても、各投資家(VCなど)が準備している投資契約書そのままで締結されるケースも多いようです。

ここでは、VCからの投資事例、エンジェル投資家からの投資事例を、次のポイントを押さえながらそれぞれ1つずつ紹介します。

  • プロダクトの内容
  • 投資のステージ・ラウンド
  • 投資規模(調達額)
  • 投資契約締結後の動き

VCとの投資契約の事例

学生起業から1,000万円の資金調達を果たした株式会社Coupeの事例を紹介します。

項目 概要
投資元 株式会社サイバーエージェント・キャピタル サイバーエージェント・キャピタルは、サイバーエージェントが手掛けているCVCです。

ネットビジネスに特化したCVCで、アメリカ、アジアなど8ヶ国10都市に拠点を展開しています。

投資先 株式会社Coupe(クープ)
投資経緯 本事例は、創業者がサイバーエージェントにインターンとして働いていた経験から、投資契約をスムーズに締結できているようです。
プロダクトの内容 Coupeは、美容師やモデル向けのマッチングサービスや、インフルエンサー事務所などの事業を展開しています。

創業者の竹村さんは、大親友の「美容師をやめたい」という一言から事業を創業したそうです。

投資のステージ・ラウンド アーリー(起業直後)
投資規模 1,000万円
投資契約締結後の動き 創業者の竹村さんは、マッチングを行うWebサービスといったプロダクトはあったものの、マネタイズに困っていたようです。一方で、「インスタグラムのフォロワーが多いモデルに宣伝を頼みたい。紹介をしてもらえないか」といった企業からの依頼などで収益を生み出していきました。

その後、サロンモデルの応募者が多いことを強みとして、有名ファッション誌やモデル人材のプロモーションなどで事業を拡大しています。 また、出資を受けているサイバーエージェントから事業買収(M&A)を受けてエグジットを果たしています。

エンジェル投資家との投資契約

今やフリマアプリとして大きなプロダクトとして発展している「メルカリ」の創業期に受けた投資契約の事例を紹介します。

項目 概要
投資元 エンジェル投資家:「手嶋浩己」氏

現XTech Ventures代表パートナー/LayerX取締役

投資先 株式会社メルカリ(コウゾウ)
投資経緯 もともとスマホアプリ事業を担当していた手嶋さんは、フリマに興味を持っており、メルカリ創業者の山田進太郎氏と話をしていくうちに「自然と投資する流れになっていた」とのことです。

今でさえVC事業を自ら展開している手嶋さんですが、当初は投資契約について何もわからなかったそうです。

プロダクトの内容 株式会社メルカリは、フリマアプリ「メルカリ」の企画・開発・運用を手がています。当初は株式会社コウゾウという名前でした。
投資のステージ・ラウンド シリーズA
投資規模 不明
投資契約締結後の動き 出資後、アプリのマーケティング、CMの仕込みなどでサポート。CMのプレゼンなどに同席もしたそうです。

その後、メルカリのメンバーも増えていき、手嶋さんのサポートは不要に。取締役会で意見を述べるだけとなりました。

ベンチャーの投資契約まとめ

本記事では、ベンチャー企業の投資契約について解説してきました。

投資契約の交渉は、調達額はもちろんですが、創業株主、発行会社、投資家の間で行われる「利害の調整」が本質です。

どちらも成果を出さなければならないといった状況のなか、投資契約を締結します。株式を放出して出資を受ける以上、経営面での制約が課されることは避けられません。

少しでも今後の事業経営を円滑に進めるためにも、本記事で紹介した投資契約におけるポイントをご活用ください。